俺は、愛されるより愛したい派。
「……って、言うたら笑われるじゃろか」
むに、とやわらかい頬を挟むと、聞き役に徹する猫がにゃあと一声鳴いた。
――昼休みもとうに終了した午後一時半。
木々の隙間から校舎を見上げれば、絶賛授業中のそこからは静けさ以外の気配を感じられなかった。ここ・雨上がりの中庭には当然俺以外の人間はいない。人間は。
足元に目を落とす。雨露で湿った中履きの匂いをしきりに嗅いでいる猫が一匹。
軽く頭を撫でてやると猫は顔を上げ、なんだと言いたげに首を傾げた。ビー玉みたいな俺より淡い琥珀に、ややこしい顔をした自分が映り込む。
ピンと伸びたヒゲごと頬や顎を擽ってやると、気持ちよさそうに両眼を細め喉を鳴らす。耳の裏も同じように掻けば、小さな雷鳴は次第に大きくなっていった。
猫ならこんなに簡単なのに。
漏らした溜息が地面に吸い込まれていく。本物の猫の扱いならそこそこ慣れているというのに、猫みたいな人間の扱い方は未だによくわからない。
何をどうすれば喜ぶのか。何をどう言えば伝わるのか。
考えても考えても答えは出ない。それを本人に伝えることもできない。こうしてノラ猫に吐露するのが関の山だ。俺も大概情けない。
本当は。本当はもっと――。
「はぁ……」
二度目の溜息を受け止めた猫が小首を傾げる。ヒゲをひくつかせる仕草はなんとも言えないほど可愛いのに、俺の溜息はちっとも止まる気配がない。
喉元や耳の裏を撫でてやりながら、スラックスのポケットをまさぐり携帯を取り出す。開けば、いつか撮ったこの猫の写メが画面いっぱいに表示された。
着信はなし。新着メールは、一件。
「……」
撫でる手はそのままにメールのアイコンを押した。送信者は予想通りの人物で、名前を見た途端無意識に頬が緩む。
そんな自分にハッとして頭をぶんっと振り、肝心の内容へと目を向けた。
《おれはいまどこにいるでしょーかっ》
「……は?」
思わず声に出てしまった。けれど、いくら画面を凝視しようと書かれているのはそれだけ。唐突且つオチもない。ついでに言えば漢字もない。まるでもって意味がわからない。
不思議そうに見上げる猫の眼に、眉間にシワを寄せた自分が映り込む。「おまん、これわかるか?」つい、そう尋ねてしまったほどこのメール内容が理解出来ない。参謀はあいつの教育係として《人に何かを伝えるとは》という重大なことを教えてやるべきだと思う。
一人と一匹で悶々としていると、背後で砂を踏む音がした。
音と共に人の気配がひとつ。ここ・中庭は、生徒が滅多に立ち入らない俺の憩いの場所なのに。
若干げんなりしながら振り返ろうとしたその時、急に視界が暗くなった。
「だーれだっ」
「……はあ」
「ちょっ、リアクションうっす! もっとビックリしろしっ」
「ベタすぎて言葉も出てこん」
目元を覆う手らしきものをベリッと剥がしてやる。と、横からズイッと覗き込まれ、
「俺の勝ち?」
「は?」
「かくれんぼ。俺の勝ち?」
大きな猫目をパチパチ開閉させ、にかっと得意げに笑う。
あまりにもいい笑顔を見せられたものだから、本当に言葉を失ってしまった。ついでに肩の力も抜けた。
予告なく始まっていたらしいかくれんぼは、どうやら赤也の勝利で幕を閉じたらしい。
圧し掛かるように後ろから抱きしめられつつ小さく苦笑する。「先輩に勝った」と鼻歌まで口遊みだしたから、重いとは言わないでおいてやった。
「サボっててええんか? 万年赤点の補習常連くん」
「だってめっちゃ天気いいしー、飯食ったらちょー眠くなっちまってー」
「それとかくれんぼとどう関係あるん」
「あるッスよー? まじねみー、寝ちゃおーってうとうとしてたら、中庭んとこに派手髪見つけちまってー……」
気付いたら「保健室行ってきます!」なんてベタな台詞を叫んでいた・そう言ってカラカラと笑う。首に回された腕がぎゅうぎゅうと絞まる。苦しいと文句を飛ばしながらも、赤也の感情に引き摺られるように俺も笑ってしまう。
上機嫌な後輩に好きにさせながら顎を上げた。真っ青な空に羊雲が浮いている。コントラストがきれいだと呟けば、なんのことだと拘束がややきつくなった。
俺は、愛されるより愛したい派―心の片隅で自分自身へ確認する。そうだ、俺はもっと、本当はもっと。
「ぽかぽかで気持ちいッスねー」
「じゃのー」
そんな願望、背中へ重心を傾けた時には、足元に転がる石ころより小さくなっていたけれど。
愛されるより愛したい派
こんなに露骨にしあわせオーラを振りまかれたら、もう何も言えなくなる。
大切にされてやろうと、思ってしまう。
仁赤創作イプ・お題2