吸血鬼パロ(洋風)

※完 全 内 輪 ネ タ で す 。
※ツイッターで垂れ流した妄想をアヤちゃんへ贈るためぶつ切りで形にしたもの。唐突に始まり、唐突に終わります。場面変化も唐突です。説明もほぼありません(…)
※設定…仁王/吸血鬼、主様。赤也/蝙蝠、眷属。幸村/吸血鬼。真田/黒鷲、眷属。
※さらっと流してやってください。深く考えず、さらっと。


2

目蓋を閉じると鮮明に蘇る。
あの微笑。あの波打つ美しい髪。あの獰猛な爪と嘴。あの敵意に満ち満ちた眼――。

「――……っ」

寒気までもが蘇り、息を詰めてしまった。
両腕で躰を掻き抱こうとしたけれど、すぐに諦めた。そんなことが出来る筈もない。俺は今、人型を保っていられないほど消耗しているのだから。
抱こうにも肉厚な腕がない。あるのは薄く醜い翼と、美しさとは程遠い躰、牙、盲いた眼だけだ。

(変化できれば、見えるのに……)

吐いた息すらもか細い。それはほんの僅かな振動だったけれど、溜息が自らの耳に届くより早く、突き刺すような痛みが全身を襲った。

「……っ」
「赤也? ……どうした」

優しい感触が降ってくる。痛みに耐えていた両目を薄く開けても何も見えないけれど、そこに何があるかは手に取るように分かる。おそらく、満月を思わせる吸い込まれそうな琥珀の瞳に、じっと見つめられているのだ。

きっとそれはきれいだ。とても、とても。

髪や肌は月光、瞳も月。色味は違えど、主様のすべては月の恩恵をたっぷり受けているのだと、俺はそう思う。

その満月が随分と大きく、けれどどこか弱く感じるのは、俺が元型で、実物が見えていないからだろう。
俺の視力がまともに利くのは人型の時のみだ。
視力を与えてくれた時、主様は「元型の時にも見えるように」と言ってくれたけれど、俺自身がそれを拒んだ。この姿に戻ることなどもうないと、はっきり言い切って。

冷たくもあたたかい、やさしい掌に包まれながら、そのことを少しだけ悔やんだ。
だって、見えない。今の主様がどんな表情をしているのか、どんな眼で俺を見ているのか――どんな心持ちで、あの恐ろしく強かった黒鷲に裂かれた醜い翼を撫でてくれているのか、何もわからないから。

「どっか痛むんか」
「……、……」
「翼か? もうちっと辛抱しんしゃい。すぐ治してやるき」

違うよ。確かにこの翼は裂かれ、破れたけれど。

血塗れの小さな俺を見て、いの一番に主様自らが癒したというのに。
だからもう翼に治癒する箇所はない。傷も、その名残りもない。
あるのは痛めつけられたという記憶だけだ。あの大きく強靭な嘴に貫かれ、引き裂かれたありもしない傷が、記憶の反芻と共に痛むだけだ。

説明しようにも、今の自分に人語を語る術もなく、目で伝えようにもこの盲いた眼では何も捉えられない。

どうすることも出来ず、ただ、ただ、鼻を鳴らした。
それは思う以上に情けなく、泣きたくなるほど弱々しく響いた。聴いた主様はどう感じたのか。もしかしたら、またありもしない怪我の心配を深めてしまったかもしれない。

怪我はない。血を流した内外の怪我すべて、主様が治癒してくれた。
だから平気だ。呻いたのは傷の痛みからじゃない。
そう伝えたいのに、翼や胴を滑る労わりに満ちた指の感触が心地良すぎて、思考すら流されそうになってしまう。

こんなに醜く、痩せっぽちで貧弱な獣なんて、見放してしまえばいいのに。
高貴という言葉すら追いつかないほどの高みにいる主様には、眷属ひとりくらいの命、きっとそこらの小石と変わりないはずなのに。

「……おまんはアホぜよ」
「……、……」
「じゃからしとやかにせえ言うとったんに」
「……」
「いつも通りムリくり起こせばよかったんに。普段はやめえ言うても叩き起こすくせに……こんなボロカスんされるまで、耐えることなかったんに」

声が哀切を帯びる。聞き取れるすべてに耳を澄ませた。感じ取れるすべてに意識を集中させた。
耳の付け根を撫でていた主様の指に、少しだけ力が加わった。

――を、――してやる。

極々小さな音だった。空耳か風の音か、はたまた耳鳴りの類かと思うほど小さく、不安定な響き。

(主様……?)

膚に触れる指に擦り寄り先を促す。
言いたいことは伝わったはずだ。自惚れではなく、主様なら汲み取ってくれて当然。この方は、声にならない声を拾うことに長けているのだから。
そう考えたのも束の間、

「――あいつらを。殺してやる」

呪詛を、呟いた。

「おまんの翼を裂いた嘴を手折って。穴だらけにされた翼とおんなしように、あの翼の羽一本一本剥いで」

いつもいつも小馬鹿にするような響きで、けれど涼しく耳に優しい澄んだ声は、低く昏く沈み。

「命令した喉裂いて。あの薄笑いも、なんもかんも全部、消して」

両翼を動かす気力があれば。鉤爪でなく、五指があれば。
そうすればきっと俺は、耳を塞いでいた。この世で一等好きな主様の声で紡がれる呪いなんて、聞きたくなかった。

落ち着いて。俺は大丈夫。
翼も治してもらった。もうどこも痛くない。
生きてる。もう少し休めば、いつも通り変化もできるよ。

声とは裏腹に、変わらず優しい指遣いが殊更痛い。
身の内に溜まるだけの言葉を少しでも伝えたくて、その指に頭を押し付けた。

「……のお赤也」

――はい。主様。

「純血殺しは大罪じゃろ」

――……うん。

「けどな? 俺はそんなんどうでもええんよ。外ん奴らなんかどおでもよか。何しようと口出しせん。じゃから、なんも干渉すんなー言うてきた」

――うん。知ってるよ。だから主様は独りなんですから。

そうだ。いつだって主様は独りだった。孤独を愛しんですらいた。
こんな風に、他者のことで感情を乱すようなひとではなかった。

なのに。

「せやのに、土足でずかずか来た挙句、おまんを殺しかけて? 随分な挨拶じゃ思わんか」
「……、……」

人語を発せない云々以前に、喉が焼かれたように乾き、音が死んだ。

主様が怒っている。

端的な表現しか浮かばない。けれどそれ以外思い様もない。
耳や頭や翼を撫でる手付きは、こんなにも労わりに満ちているというのに。その声や察する雰囲気は、今この方が抱える感情が生半可なものではないと物語っている。

どうすればいい。どうしたら鎮められる?

あってはならないのだ。純血同士の諍いなど、決してあってはならない。危うい均衡をなんとか保っているような主様の同族達に知れたら、きっと容易く内紛にまで発展してしまう。
きっかけなんて何でもいいのだ。
永遠に近い寿命と絶大な力を持つ彼らは、常に退屈している。その退屈を紛らわせる《何か》を、千里眼にも似た広い視野を誇る眼で探して、狙っているのだから。

俺の務めは主様を健やかに保つことだったはず。
健やかに、穏やかに。長く永い生を、少しでも安らかに。

(ダメだ。しかも俺のせいなんかでそんなことになったら……絶対、止めねえと……!)

焦燥ばかりが募る。疲弊しきったこの身が憎い。
どうして肝心な時にこの喉は、この口は、主様に伝える術を持たないのか。
どうして。どうして。
「赤也。おまんはなんも心配せんと、ゆっくり、ゆっくり、養生すればええ」
「っ」
「何年でも、何十年でもかけてええよ。……おまんの小言が懐かしい思うくらいの時間、かけてもええ。ゆっくり治して、またぶつくさ文句言えるようなればええ」

触れる指が優しいから。
涙なんて作られないこの眼の奥が、じんわりと滲んでしまう。

「そうじゃのう……隠し部屋の酒が無うなる前に、全部片つけたる」
「――っ」

声が。あまりにも澄んでいて。

「俺ん寝酒に付き合えんのは、おまんしかおらんき」

盲いた眼でも、解ってしまった。
主様が今、どんな表情で、俺を撫で、見つめているのか。

落とす言葉の意味には到底不似合いな、柔らかい声だったから。